「データが消されたら証拠は残らないの?」警察も頼る“デジタル解析のプロ”に聞いた「復元のワザ」《相場は50万円以上》

コロナ禍になってからというもの、仕事はメールやチャット、オンライン会議が主流、プライベートはLINEやSNSでコミュニケーションが完結してしまう世の中になった。誰とも会わずに1日が終わり、他人が何をやっているのか分からない日々が続いている。

すると、あるときふと気づくことがある。自分自身の“アリバイ”を証明することが、コロナ禍前よりも難しくなったのだ。リモートワークで残業していても、目撃者がいないので、本当に深夜まで働いていたかどうかを証明する術がない。パートナーに浮気を疑われても、「あいつは俺と一緒にいたよ」と証言してくれる相手がいない。ちょっとした瞬間に意外に困ってしまった人もいるのではないだろうか。

直接的な目撃証言が減ってしまった今、事実を証明できるのはデジタルデータしかない。メールやチャット、LINEやSNSなどの記録が、コロナ禍で自分の行動や発言を唯一証明できる証拠となる。

近年、重要性が増すデジタルデータの調査・解析

しかし、デジタルデータは、簡単に改ざんできてしまう弱点を持つ。削除ボタンをクリックするだけで証拠のメールは全て消えてしまう。SNSの文面も素人でも簡単に加工することができる。デジタルデータが確実な証拠となる一方、無関係な人までも事件に巻き込んでしまう可能性も出てきてしまう。

そのような不安定なデジタルデータを調査・解析するのが「デジタルフォレンジック」という技術である。“フォレンジック”とは、「法廷の」や「法的に有効な」という意味で、パソコンやスマホの記録媒体に残されたデジタルデータを、法的な裏付けを持って調査、提供する業務のことを言う。訴訟案件が多く、証拠の重要性が高いアメリカでは、すでに主流になっている。コロナ禍でオンライン化が進みはじめたことで、日本でも活用事例が増え始めている。

最近では、今年ソフトバンクの元社員が、社外秘の情報を転職先の楽天モバイルに漏洩した疑いで逮捕されたサイバー事件が記憶に新しい。このような事件は証拠がすべてデジタルデータになってしまうため、デジタルフォレンジックの専門家でなければ事件を解決することが難しくなってしまう。他にも、メールやSNSを使った振り込み詐欺、わいせつ動画のデータのやり取りなど、多くのサイバー犯罪の解明に技術が活用されている。

今回、デジタルデータがどのように証拠として扱われて、どのようなシーンで活用されているのか、専門家の話を交えながら、デジタルフォレンジックの最新事情をレポートしたい。

早速プロに聞いてみた

話を伺ったのは、データのバックアップ事業やデータ復旧の業務を行う「AOSデータ」のリーガルデータ事業部・副事業部長の小瀬聡幸さん。パソコンなどのデータ復旧サービスを20年以上手掛けている企業で、大手パソコンメーカーと提携してサービスの提供も行っている。また、一般の人向けのデータ復元ソフトやデータ抹消ソフトも販売しているので、大手家電店で、AOSデータの箱入りのソフトのパッケージを目にしたことがある人も多いのではないだろうか。

「その中の事業のひとつとして、『リーガルデータ事業』というデジタルフォレンジックの事業を展開しています。警察や捜査機関からの依頼を受けて、デジタルデータの調査、解析を行っています」(小瀬さん。以下同)

他にも弁護士事務所からのスマホやパソコンのデータ復元の依頼や、自動車保険会社からドライブレコーダーの解析依頼など領域は多岐に渡る。

データが削除されたら証拠は残らないの?

最初に疑問に思ったことは、証拠のデジタルデータを、どのように見つけ出すのかという点である。パソコンスマホからデータを削除してしまえば、証拠は残らないはず。消されたデータや過去のデータを復元することは、事実上、不可能ではないのか。

「データを削除しても、視覚的に見えているものが消えただけであって、データが完全に削除されたわけではないんです。管理情報は『このデータは削除したもの』として扱っていますが、物理的なデータは記憶媒体の中に一部残っているので、専用のソフトやツールを使えば、データを復元させることは可能なんです」

デジタルデータは削除した直後であれば、比較的、復元させやすいという。残った物理的なデータが新しいデータに上書きされないため、データを復元できる確率が高くなるからである。

「復元」から「何がいつ削除されたのか」へ

では、消し立てほやほやのパソコンやスマホのデータであれば、全てを完全に復元させることができるのか。

「実は最新のスマホやパソコンのデータは、復元がかなり難しくなっているんです」

小瀬さん曰く、ハードディスクにデータを読み書きするHDDのパソコンは比較的データを復元しやすいが、メモリーチップ型のSSDのパソコンは、処理速度を向上させるために削除したデータをすぐに消滅させてしまうため、データの復元は難しいという。

また、5年ぐらい前のスマホであれば、アプリのバージョンによってはデータを復元することができたが、最新のスマホでは、メッセージのやり取りやLINEなどのデータを復元させることは、技術的にほぼ不可能に近くなっているという。

「条件によっては、データを復元できるケースもあります。しかし、年々、データを復元する難易度が増しているのは事実です。デジタルフォレンジックの在り方も、データを復元するやり方から、『どういうデータがそこにあったのか』『いつデータが削除されたのか』という、パソコンやスマホの当時の状況を解析していく方法に変わってきています」

A4用紙20万枚、トラック2台分のデータ…数千万円かかることも

デジタルデータは削除・ねつ造が簡単にできてしまうため、調査前のデータの保管やコピーなどの作業が必要となる。手順にそってデータ解析をすすめなくてはいけないし、デジタルフォレンジックの作業中の写真、作業の記録を細かく残さなければならない。

AOSデータの親会社であるAOSテクノロジーズの佐々木隆仁社長の著書『リーガルテック』(アスコム)によれば、ある企業からの依頼で、サーバー6台とパソコン6台を調査して、すべてのデータをプリントアウトしたところ、A4用紙で約20万枚、2トントラック2台分になったという。自宅のパソコンのデータを復元してもらう作業とは、次元がまったく違うようだ。

それゆえ、デジタルフォレンジックの費用は思いのほか高額だ。一般的なパソコン1台のデータ復元の相場はだいたい5万円前後。しかし、デジタルフォレンジックの場合、料金は10倍の50万円以上が相場になるという。

「裁判の証拠となるデジタルフォレンジックの場合、作業工程が複雑になるんです。データ量が多いサーバーの解析や調査内容が複雑である場合には、数百万円から数千万円の予算がかかることもあります」

情報漏洩、離婚問題…もちこまれる案件とは

デジタルフォレンジックに持ち込まれるのは、どのような案件が多いのか。刑事ドラマに出てくるような劇的なデータ解析のエピソードが……と思いきや、小瀬さんに「そんな話はありません(笑)」と言われてしまった。

捜査機関からの依頼は受けますが、解析したデータが、事件解決の中でどのように活用されたのかまでは弊社として関与しないケースのほうが多いんです。そのデータが裁判でどれだけ有用な証拠として扱われたのか、その後、どうなったのかなど、弊社としては分からないことがほとんどなんです」

残念。では、直接AOSデータに持ち込まれる民事の案件ではどのようなものがあるのか。

「企業からのご依頼で多いのは、情報漏洩の案件です。コロナ禍になってからは、テレワークによる残業関連のご要望も増えています」

パソコンに残された電源のオンオフの履歴、ファイルへのアクセス、USBの挿入の有無などを解析し、勤務状況の実態を調査する。また、最近では企業不祥事の実態を調査するための第三者委員会のデジタルフォレンジックの仕事を請け負うケースも増えているという。

企業ではなく、個人でデジタルフォレンジックを利用するケースはあるのか。

「弊社への問い合わせで多いのは、離婚問題の案件です。あと、交通事故の画像解析も近年非常に多くなってきています」

しかし、第三者スマホやパソコンを勝手に持ち込まれても、データの解析や復元は行わないという。AOSデータでは原則、弁護士が同席しなければ、個人の案件自体を受け付けていない。

それでも、AOSデータに持ち込まれる刑事事件と民事事件の比率は「半々ぐらい」(小瀬さん)というから、高いお金を払ってでも、デジタルデータで無実を証明したい人、裁判で事実の証拠が欲しい企業はたくさんいるということになる。

デジタルが苦手な弁護士や警察もまだまだいる

最後に小瀬さんにデジタルフォレンジックの仕事の面白さを聞いてみた。

「その人や会社の運命を大きく左右するデータの取り扱いとなるので、間違いは絶対に許されません。法廷で解析した内容を説明することもあるので、責任の重い業務です。でも、それだけやりがいのある仕事だと思っています」

デジタルフォレンジックはオンライン化が進む社会において、必要不可欠な存在になっていくことは間違いない。しかし、デジタルデータに対する重要性と認識が世の中で広まっているかと言えば、まだごく一部の人たちの間でしか利用されていないのが現状だという。

「デジタルデータの案件が苦手な弁護士や捜査関係者は今もなお多くいらっしゃいますので、私たちがお手伝いできることはたくさんあると思います」

多くの日本の企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に時間がかかっているのと同じで、デジタルデータの法的証拠の活用にも、まだまだ時間がかかりそうである。